釣りを始めたころ、釣った魚を活かしバケツに入れたまま何時間も置いて、帰宅してから刺身にしたら「なんか臭い」と感じたことがありました。
夕方まで堤防で粘って、保冷バッグも持たずにアジを活かしバケツでプカプカさせたまま車に積んで帰った日のことです。家に着くころにはバケツの水もぬるくなっていて、流しで捌くときに指先に伝わる魚の張りがもうなかった。包丁を入れた瞬間に、潮の匂いとはちがう、ぼんやりした生臭さがふわっと立ったのを今でも覚えています。妻に「今日のは食べられる?」と聞かれて、おれは小さい声で「たぶん」としか言えなかった。
新鮮なはずなのに、なぜ?
つい昼まで生きていた魚です。スーパーで売っているパック詰めより、自分で釣ったぶんずっと新しいはず。それなのに味で負けている気がして、しばらく腑に落ちませんでした。
後から知りましたが、魚は活かしたまま放置しても「鮮度が良い」とは言えないらしく、しっかり締めて血を抜いて冷やすことで初めて美味しい状態が保たれるとのことでした。要するに、新しさと美味しさは別物だったんです。釣った瞬間からどう扱うかで、家の食卓に出るころの味がまるで変わる。それを知ってからは、魚を釣り上げてからの数分間を、釣りそのものと同じくらい大事にするようになりました。
魚を締めるとはどういうことか
「締める」というのは、魚を即死させることです。
最初に聞いたときは、ちょっと残酷なことをするように感じて気が引けました。せっかく生きてるのにわざわざ止めを刺すのか、と。でも考えてみれば、活かしバケツでじわじわ弱らせて結局あとで捌くなら、苦しむ時間を長く引きずらせているのはむしろそっちなんですよね。だったらきれいに一回で締めてあげたほうが、魚にとっても、食べるおれたちにとってもいい。そう思えてからは、ためらいがなくなりました。
生きたままバケツに放置すると、魚はストレスで暴れ続けてATP(エネルギー物質)を消費し、旨み成分(イノシン酸)が作られる前に劣化します。また、血が体内に回って身に臭みが出ます。バケツの中でアジがバシャバシャ跳ねているのを「元気だなあ」と眺めていたあの時間が、実は身の旨みをどんどん削っていた時間だったわけです。これを知ったときは、けっこうショックでした。
即死させることで、旨みの素になるATPを保持したまま熟成が進む状態にできます。釣り上げた直後の暴れているうちに手早く締める——この「直後」というのがミソで、時間が経って弱ってから締めても効果は半減します。だからおれは魚をタモから外したら、迷う前に手を動かすようにしています。最初のうちは「ほんとにこれで味が変わるのか?」と半信半疑でしたが、締めたアジと、つい面倒でそのまま冷やしただけのアジを食べ比べた日に、はっきり差が分かった。それ以来、ここはサボらない場所だと決めています。
締め方の種類
氷締め(最も簡単)
クーラーボックスに塩氷(水と塩と氷)を作って、そこに魚を入れるだけ。
小型魚(アジ、サバ、イワシなど)の場合はこれで十分です。氷水の温度は0〜2℃になり、魚が急激に冷えて死ぬ「チルド死」になります。指を入れるとキンと痛いくらいの冷たさ、あの温度帯がちょうどいい。真水の氷だけだと0℃で止まってしまいますが、塩を入れると凝固点が下がってもう少し冷えるので、ひと握り塩を放り込むのが地味に効きます。
おれが氷締めで一番ラクだと思うのは、手が血で汚れないことです。サビキで息子と数十匹釣るような日は、いちいちナイフを入れていられない。釣れたらそのまま塩氷のクーラーにポンポン放り込んでいくだけで、数を相手にできる。子ども連れで「手返し」を優先したいときには、これが一番現実的なやり方だと思っています。注意点は、氷だけ多くて水が足りないとうまく冷えないこと。最初のころ氷をギチギチに詰めて水を入れ忘れ、表面しか冷えていなかった失敗があります。氷と冷たい水、両方そろって初めて魚全体が一気に冷える。だから塩「氷」というより塩「氷水」を作るイメージでやっています。
ナイフ締め(エラ付近を切る)
エラの裏側をナイフで切って脊髄を断つ方法。中型以上の魚に有効。
エラ蓋を持ち上げると赤いエラが見えて、その奥の付け根あたりにナイフを差し込んで背骨に向かって一気に切る。うまく決まると魚がビクッと一度震えて、すっと力が抜けます。最初のうちはどこを切ればいいのか分からず、おっかなびっくりで何度も刺し直してしまい、魚も自分の手も血だらけにした覚えがあります。コツは、ためらって浅く何度も入れるより、位置を決めて一回でズバッといくこと。半端に切るほうが魚にも申し訳ないし、結果も悪い。
切ったあとに海水バケツに入れて血を抜きます(血抜き)。これをやると身の臭みが格段に減ります。海水に入れた魚の口やエラから、糸を引くように赤い血が流れ出ていくのが見えて、これが抜けきるとバケツの水がうっすら赤く濁る。その光景を一度見ると、「ああ、この血が身に残ってたら臭くなるわけだ」と腹の底で納得できます。理屈で覚えるより、この見た目を一回体験したほうが、次から自然と手が動くようになりました。
神経締め(上級者向け)
専用のワイヤーを脊椎に通して神経を破壊する方法。死後硬直を遅らせて長期熟成に向いています。
中大型魚(アジ・真鯛・青物など)で美味しく食べたいときに有効。習得に少し練習が必要です。おれも最初はワイヤーがどこにも通らなくて、背骨の穴を探り当てるだけで五分かかりました。締めたあとの頭側の切り口からワイヤーを差し込んで、尾に向かってスーッと一直線に通すんですが、これがまっすぐ入ると魚がブルッと痙攣して、そのあとピタッと静かになる。穴を外すとワイヤーが途中でつっかえて、いくら押しても進まない。慣れないうちは「入った」と思っても実は別の場所に潜り込んでいたりして、なかなか手応えがつかめませんでした。
正直、ここまでやる必要があるかは魚と気分しだいだと思っています。サビキのアジを家でその日に食べるだけなら、氷締めと血抜きで十分すぎる。神経締めの本領が出るのは、釣った日に食べずに二日三日寝かせて旨みを引き出したいときや、ちょっといい真鯛が釣れて「これは丁寧に扱いたい」と思ったときです。労力に見合う場面を選んでやる——そういう道具だと割り切ると、肩の力が抜けて逆にうまくいくようになりました。向いているのは、捌くこと自体を楽しめる人。手間そのものを面倒に感じるなら、無理に覚えなくてもいいと思います。
血抜きの重要性
血抜きは鮮度管理の中で最も効果が出やすいステップです。
締め方をあれこれ覚えるより前に、まずこれだけは絶対にやってほしい、というのがおれの本音です。神経締めみたいに練習がいるわけでもないし、特別な道具もいらない。ナイフ一本とバケツがあればできて、それでいて味への効き目が一番はっきり出る。コスパで言ったら鮮度管理の中で文句なしの一位だと思っています。
エラの下を切って、海水(または塩水)バケツに入れておくだけで、5〜10分ほどで血が抜けます。これをやるとやらないで味が全然違います。「たった数分のことで本当にそんなに変わるの?」と疑う気持ちはよく分かります。おれも昔はそうでした。でも一度、半分は血抜きあり、半分は血抜きなしで持ち帰って刺身にして並べてみたら、見た目の身の色からもう違った。血抜きしたほうは透き通っていて、しなかったほうは身がうっすら赤茶けてくすんでいる。食べると後者はやっぱり口に残る生臭さがあって、家族の箸も自然と血抜きしたほうに伸びていました。
アジは特に血が身に残りやすい魚で、血抜きの効果が大きい。アジの刺身を食べるなら必ずやります。逆に言うと、アジを生で食べたいのに血抜きをサボると、せっかくの釣りたても台無しになりやすい。息子と一緒にサビキで釣ったアジを刺身にして食卓に出すとき、ここだけは手を抜かないと決めています。子どもに「自分で釣った魚はうまい」と素直に思ってほしいから、なおさらです。
クーラーボックスの使い方
血抜きが終わった魚は、氷入りのクーラーボックスに入れます。
ここまで丁寧に締めて血を抜いても、最後の冷やしで気を抜くと全部が水の泡になります。せっかくの魚を、帰り道の数時間でぬるくして傷ませてしまう——おれが昔やった失敗はだいたいこの「持ち帰り」の段階でした。締める技術より、実は冷やし続ける管理のほうが、家での味を左右している気がします。
正しい使い方
- 海水氷(塩水+氷)にすると0℃以下になり冷却効果が高い
- 魚は直接氷に当てず、ビニール袋に入れてから氷の上に置く
- クーラーは直射日光の当たらない場所に置く
直接氷に当てないのは、長時間べったり氷に触れていると身が部分的に白く凍って「氷焼け」のようになり、その面だけ食感が悪くなるからです。ビニール袋一枚かませるだけでこれが防げる。地味ですが効きます。クーラーを日陰に置くのも同じで、夏の堤防はコンクリートが焼けていて、直射日光の下に置いておくと中の氷の解け方がまるで違う。おれは荷物の影や、車のドアの陰になる場所を選んで置くようにしています。たった一手間ですが、帰るころの氷の残り具合が全然ちがいます。
帰宅まで長時間かかる場合は氷を多めに入れておきます。氷が解けるにつれて温度が上がるので、途中で補充できるならそうします。遠出した帰りにコンビニで板氷を買い足すこともあって、数百円をケチって魚をぬるくするくらいなら、おれは迷わず氷を足します。クーラーのフタを開けるたびに冷気が逃げるので、釣りの最中はむやみに開け閉めしないのもコツ。「見たくて何度も開ける」のをぐっと我慢するだけで、氷はだいぶ長持ちします。
家での保存と下処理
帰宅後はなるべく早く処理します。
家に着くと、運転の疲れもあって「あとでやろう」と魚をクーラーごと放置したくなる気持ち、よく分かります。でもここでもうひと頑張りするかどうかで、翌日の身の状態がはっきり変わる。おれは玄関で荷物を下ろしたら、着替えるより先にクーラーを流しに運ぶようにしています。締めて血を抜いて冷やしてきた魚を、最後の下処理で台無しにしたくないからです。
- ウロコをとる
- 内臓を取る
- 塩水で洗う
- キッチンペーパーで水気を拭く
- ラップに包んで冷蔵庫へ
内臓を早めに取るのは、放っておくと内臓から傷みと臭みが身に移っていくからです。とくに夏場は、これがあるとないとで翌日の状態が大違い。塩水で洗うのも、真水でジャブジャブやると身が水っぽくなってしまうので、海の塩分に近い濃さの塩水でさっと洗うのがいい。そして地味に大事なのが「水気を拭く」工程で、ここを面倒くさがって濡れたままラップすると、表面から傷みやすくなるし冷凍したときも霜だらけになる。キッチンペーパーで一匹ずつ押さえるように水気を取る——この手間が、冷蔵庫から出したときの身の透明感を守ってくれます。
この日に食べる場合はこれで十分。翌日以降も使う場合は冷凍します。釣れすぎて食べきれない日もあって、そういうときは無理にその日に全部捌こうとせず、当日ぶんと保存ぶんを分けて考えるようにしています。
締める・血を抜く・冷やす。文字にすると面倒そうですが、慣れてしまえば一連の流れで体が勝手に動くようになります。最初の数回だけ少し手こずるだけで、あとはずっと美味しい魚にありつける。投資としてはかなり割がいいと思っています。
息子が自分で釣ったアジを、夜に刺身で「うまい」と言いながら食べているのを見ると、堤防で過ごした時間が食卓までつながった気がして、これはこれで嬉しいものです。釣った魚を美味しく食べるのも釣りの大事な楽しみ。まぁ、楽しけりゃいいよね。
よくある質問
Q. 釣った魚を活かしバケツに入れておくだけでは鮮度が保てないのですか?
保てないです。魚は活かしたまま放置するとストレスで暴れてATPを消費し、旨み成分のイノシン酸が作られる前に劣化します。また血が身に回って臭みが出ます。おれも最初これを知らなくて「新鮮なはずなのに臭い」という経験をしました。締めて血を抜いて冷やす3ステップが正解です。
Q. 氷締め・ナイフ締め・神経締めはどれがいいですか?
最初は氷締めだけで十分です。小型のアジやイワシなら塩氷に入れるだけで美味しく食べられます。中型以上の魚はナイフ締め+血抜きをすると臭みが格段に減ります。神経締めは上級者向けで、習得すると大型魚の長期熟成に効きますが、最初から覚える必要はないと思っています。
Q. 血抜きをするとどのくらい味が変わりますか?
かなり変わります。特にアジは血が身に残りやすくて、血抜きをするとしないでは刺身の臭みが全然違います。エラの下を切って海水バケツに5〜10分入れるだけなので、手間としてはほとんどないです。おれはアジを刺身にするときは必ずやります。
Q. クーラーボックスに魚を入れるとき直接氷に当てても大丈夫ですか?
直接氷に当てない方が良いです。ビニール袋に入れてから氷の上に置くのが基本です。海水氷(塩水+氷)にすると0℃以下になって冷却効果が高くなります。クーラーは直射日光の当たらない場所に置いて、帰りが長い場合は氷を多めに入れておきます。
Q. 帰宅後に魚を冷凍保存する場合はどうすればいいですか?
帰宅後はなるべく早くウロコ・内臓を取って塩水で洗い、キッチンペーパーで水気を拭いてからラップに包んで冷凍します。真空パックにすると冷凍焼けを防いで1〜2ヶ月は鮮度を保てるのでおすすめです。遠征で大量に釣れたときは帰宅後すぐに真空パックで冷凍しておくと後でゆっくり食べられます。