息子が初めて魚を捌いたのは、キャンプ場のテーブルの上でした。
包丁を持った手が震えているのを横から見ていたけど、あえて手を出さなかった。「失敗してもアジは食べられる」と思っていたし、自分で捌いた魚を食べる経験のほうが、うまく捌けるかどうかより大事だと思っていたから。
正直に言うと、手を出したくてうずうずしてはいたんです。アジの腹に刃が入っていくとき、息子の手元が傾いて身がぐしゃっと潰れそうになる。そのたびに「あ、そこは」と言いそうになるのを飲み込んだ。でも、ここで横からおれが直してしまったら、それはもう息子が捌いた魚じゃなくて、おれが捌いた魚になる。手を出さないというのは、見ているだけのおれにとっては地味にしんどい時間でした。
おれ自身も最初に魚を捌いたときは、ぜんぜんうまくいかなかった。中骨に身がごっそり残って、もったいないことをした記憶がある。だから「最初からきれいに捌ける子なんていない」というのは、自分の失敗を通して知っていた。きれいに三枚におろせることより、刃物が怖くなくなること、命を食べる手応えを手のひらで覚えること。そっちが先で、技術はあとから勝手についてくる。そういう順番でいいと、おれは思っています。
その日は息子と二人
妻は用事があって、息子と二人でキャンプ場近くの港へ釣りに行きました。息子は小学3年生で、サビキ釣りはこれで3回目。仕掛けのセットと竿の持ち方は自分でできるようになっていた。
3回目ともなると、最初のころみたいに「お父さん、これどうやるの」といちいち聞いてこなくなる。仕掛けの袋を自分で破って、サビキ針が絡まないようにそっと垂らして、コマセカゴに撒き餌を詰める。その手つきがちょっと様になってきていて、横で見ているおれは内心ニヤニヤしていました。子どもが自分の手で段取りを覚えていくのを見るのは、自分が釣るより面白いときがある。
夕方16時に港へ着いて、18時ごろまでに中型のアジが11匹。内訳は自分が6匹、息子が5匹。
夕まずめのアジは、日が傾いて港の常夜灯が効きはじめるころからアタリが増える。この日もまさにそうで、最初の1時間はぽつぽつだったのが、17時を過ぎたあたりから竿先がブルブル震える回数が一気に増えた。アジは群れで回遊するから、一匹釣れたら同じタナをすぐ攻める。これは息子にも口で教えたけど、釣れた直後に「もう一回同じところ」と自分から言い出したときは、ちゃんと体で分かってきてるなと思いました。
「今日のご飯はこれで作る」と釣り始める前から決めていたので、アジが釣れるたびに息子がクーラーに入れていた。釣った魚を「持って帰る」じゃなくて「今夜食べる」と決めてあると、一匹一匹の扱いが丁寧になる。息子もアジを握るときに、エラから血が出ないように、暴れて身が傷まないようにと気をつけていた。食べると決まっているだけで、こんなに魚の扱いが変わるのかと、横で見ていて少し驚いたくらいです。
キャンプ場での調理
キャンプ場に戻ったのは18時半ごろ。日がまだ少し残っている時間帯で、テーブルの上で処理を始めました。
西の空がオレンジから紫に変わっていく時間で、空気がひんやりしてきていた。港の潮の匂いをまだ手に残したまま、まな板を広げる。日が落ちきる前に刺身まで仕込んでしまいたかったので、ちょっと急ぎ気味の手つきになりました。暗くなってからのアジの処理は、手元が見えなくて細かい骨を取り逃すし、何より刃物を持つ子どもの手元が見えないのが怖い。だから「明るいうちに捌く」というのは、おれの中では結構大事なルールになっています。ランタンの灯りでも捌けないことはないけど、初めて包丁を握る息子に持たせるなら、やっぱり自然光が残っているうちがいい。
持っていった調理道具は:
- アウトドア用の小型まな板
- ペティナイフ(刃渡り12cmくらい)
- シングルバーナー
- スキレット
- 小さなボウルとザル
調味料は塩・醤油・みりん・ショウガチューブ。たったこれだけで3品作りました。
キャンプ飯の調味料って、最初のころは「あれもこれも」と持っていって、結局半分以上使わずに持ち帰ることが多かった。でも何度か繰り返すうちに、アジ料理ならこの4つで十分だと分かってきた。塩は塩焼きと下味、醤油は刺身とたたき、みりんはちょっと甘みが欲しいとき、ショウガは生臭さを消す。これだけあれば困らない。荷物を減らすコツは、結局「何を作るか先に決めておく」ことなんだと思います。作るものが決まっていれば、いらない調味料を持っていかずに済む。
道具も同じで、最初のころは家のフライパンや大きな包丁をそのまま持ち出して、かさばって洗うのも大変だった。アウトドア用の小さい道具に切り替えてからは、リュックの中がずいぶんすっきりした。釣れた魚をその場で食べるなら、軽くてコンパクトな調理セットを一式そろえておくのが結局いちばん楽です。
作った3品
塩焼き(スキレットで)
まずは塩焼きから。スキレットに薄く油を引いて、塩をすり込んだアジをそのまま焼きました。直火でゆっくり両面を焼くだけ。
塩は焼く少し前に振っておくと、表面の水分が抜けて身が締まる。これは家で何度か焼くうちに覚えたことです。慌てて塩を振ってすぐ焼くと、水っぽくなって皮もパリッとしない。ほんの数分でいいから塩を効かせる時間を作る。たったそれだけで、同じアジでも仕上がりがぜんぜん違う。
スキレットは火の通りがゆっくりで、皮目をじっくり焼くのに向いている。強火でいっきに焼こうとすると皮が焦げて中が半生になりがちだから、弱めの火でじわじわ。スキレットの上でアジの脂がじゅうじゅう音を立て始めると、息子が鼻をひくひくさせて「いいにおい」と寄ってくる。あの音と匂いだけで、もう半分くらい食事が始まっているような気がします。
これが一番シンプルで一番旨い。焼き上がりにレモンがあればよかったけど、なかった。次に来るときは絶対レモンを一個持ってこようと、毎回同じことを思っては忘れる。脂ののったアジの塩焼きに、きゅっと酸味を足したらどれだけ旨いか。なかったからこそ余計にそう思うんだろうけど、これはこれで、塩だけのまっすぐな旨さも悪くなかったです。
刺身
息子が初めて捌いたのはこの刺身用のアジです。三枚おろしを一匹試みて、結果的にはバラバラになったけど「形は関係ない、食べれたらいい」とフォローした。醤油とショウガで食べる。
最初に頭を落とすところで、息子はかなり緊張していた。包丁をどこに入れていいか分からなくて、おれが「胸びれの後ろから斜めに」と言葉だけで伝える。手は出さない、口だけ。そこから腹を開いて内臓を出して、中骨に沿って刃を滑らせていく。当然きれいにはいかない。身は中骨にごっそり残るし、皮を引こうとして身ごと持っていかれる。それでも本人は真剣そのもので、息を止めて刃を動かしていた。
おれは横で「ああ、もったいない」と思いつつ、口には出さなかった。なぜなら、ここで「もっと身を残さないように」なんて言ったら、息子の中の楽しさが一気にしぼむのが分かっていたから。アジ一匹分の身がいくらか無駄になることと、息子が魚を捌くのを面白いと感じることと、どっちが大事かと言ったら、おれにとっては圧倒的に後者です。身なんてまた釣ればいい。
自分が捌いた分と合わせて、刺身の皿ができました。おれが引いた身はそれなりに刺身らしい形で、息子のはどう見ても切り身というか、ぶつ切りに近い。でも息子は自分が崩したアジを「不恰好な刺身」として、むしろ誇らしそうに食べていた。「これおれが捌いたやつ」と、わざわざ崩れている方を選んで口に運ぶ。その姿を見て、ああ、連れてきてよかったなと、しみじみ思いました。きれいに捌けた刺身より、この不恰好な一皿のほうが、たぶん息子の記憶に長く残る。
アジのたたき
残りのアジは細かく刻んでたたきにしました。ネギがあれば完璧でしたが、みじん切りにしたショウガと醤油で和えて、それを小さなバーナーで温めたご飯の上にのせた。
たたきのいいところは、捌くのが下手でも関係ないことです。三枚おろしで身がボロボロになっても、どうせ細かく刻んでしまうんだから、きれいに引けなくても問題ない。だから子どもが捌いて崩れた身は、刺身じゃなくてたたきに回すのが正解だと、この日やってみて分かった。崩れた身を「失敗」で終わらせずに、ちゃんと一品に化けさせられる。これは覚えておくと、子どもと釣り料理をやるときにかなり使える手だと思います。
包丁でアジをトントン刻んでいくと、だんだん粘りが出て、身とショウガと醤油が一体になっていく。それを温かいご飯にのせると、ご飯の熱で少しだけアジの脂がゆるんで、これがまた旨い。バーナーひとつでパックご飯を温めただけの簡単なものだけど、暗くなりかけたキャンプ場で湯気の立つ丼を二人で囲むと、それだけでごちそうみたいな気分になる。
簡易丼みたいな感じだったけど、息子が「これ一番うまい」と言っていた。自分が崩したアジが化けて一番うまい丼になった、というのが本人としては嬉しかったんだと思う。失敗が失敗で終わらないと知るのは、釣りでも料理でも、わりと大事な経験なんじゃないかな。
全部食べ切った
11匹釣って、2匹は塩焼きに、3匹は刺身に、残りをたたきにした。
二人で食べるには十分な量で、結局一匹も余らせずに全部食べ切りました。残して持ち帰る、ということをしなくて済んだのが、おれは地味に嬉しかった。釣った魚を冷蔵庫の奥でしなびさせてしまうのが、いちばん申し訳ない。食べ切れる分だけ釣って、その場で全部食べる。このサイズ感がいちばん気持ちがいいんです。
食べながら息子が「また釣りに来たい」と言った。釣っている最中じゃなくて、釣った魚を食べている最中にその言葉が出たのが、おれにはちょっと意味があるように思えた。釣ること自体も楽しいけど、それ以上に「自分で釣ったものを自分で食べる」という一周ぜんぶをやり切った満足感が、また来たいという気持ちにつながったんじゃないか。
「釣った魚を自分で食べる」という流れを一度体験すると、釣りの意味が変わる。道具の話や技術の話より、この体験のほうがずっと記憶に残るんじゃないかと思う。高い竿を買うことより、いいリールを揃えることより、まず一匹を自分の手で釣って、捌いて、焼いて食べる。その一連を子どもにやらせてあげること。それがいちばん安くて、いちばん効くんじゃないかと、おれはこの日あらためて思いました。
包丁とまな板は持ち物に加えてから快適になった
それまではキャンプ飯といえばレトルトやパックご飯で済ませていたけど、アウトドア用のコンパクトな包丁とまな板を持つようになってから、釣れた魚をその場で処理できるようになりました。
正直、最初は「わざわざ包丁まで持っていかなくても」と思っていたんです。家で捌いて持っていけばいいじゃないかと。でも実際にその場で捌くようになって考えが変わった。釣りたての魚はやっぱり鮮度が違うし、何より「釣る→捌く→食べる」が現地で完結すると、子どもにとっての体験のつながり方がまるで違う。家で捌いてしまったら、息子は魚を捌く経験ができなかった。これは持っていく価値が十分にあったと、今は思っています。
折りたたみ式のまな板は軽くてコンパクトで、洗いやすいのがいい。汚れてもさっとすすげるし、乾きも早いからリュックの隅に入れておける。刃物は錆びにくいステンレス系を選んで、海の近くで使っても手入れが楽でした。海風の塩気は金属にとっては大敵で、安い包丁だと一回使っただけで刃に錆が浮いたりする。錆びにくい素材を選んでおくと、使ったあと水で流して拭くだけで済むから、海釣りとキャンプを両方やるなら断然そっちが楽です。
選ぶときは、刃渡りが12cm前後のものがちょうどいいと思う。これより小さいとアジの三枚おろしがやりにくいし、大きすぎるとキャンプテーブルの上で取り回しにくい。子どもにも持たせるなら、グリップが滑りにくいものを選んでおくと安心です。
こういう本が参考になりました
まぁ、楽しけりゃいいよね。
よくある質問
Q. 子どもがアジを捌くときに最初に教えた方がいいことは?
包丁の持ち方と「失敗してもアジは食べられる」という気持ちの余裕です。形がバラバラになっても食べることに変わりはないので、最初から完璧を求めない方が子どもも楽しめます。おれは手を出さずに見守って、崩れた刺身を「不恰好な刺身」として一緒に食べました。
Q. キャンプで魚を捌くために最低限必要な道具は?
アウトドア用のコンパクトな包丁(刃渡り12cm前後)と折りたたみまな板があれば三枚おろしまで十分できます。調味料は塩・醤油・みりん・ショウガの4つで塩焼き・刺身・たたきの3品が作れました。
Q. アジで塩焼き・刺身・たたきを作るのは難しい?
塩焼きはスキレットで焼くだけ、刺身は三枚おろしができれば十分、たたきは細かく刻んで醤油と混ぜるだけなので難易度は低いです。道具さえ揃っていれば初めてでもキャンプ場で3品作れます。
Q. 釣れた魚を新鮮なままキャンプ場まで持ち帰るには?
クーラーボックスで氷締めが基本です。アジを釣ったらすぐクーラーに入れて、キャンプ場まで低温を保ちます。コンパクトでも保冷力のあるものを選ぶのがポイントで、2〜3時間の移動なら保冷剤2個あれば十分でした。
Q. 釣れた魚を食べる体験で子どもに何が一番変わる?
「釣りの意味が変わる」というのが正直な感想です。道具や技術の話より「自分で釣った魚を自分で捌いて食べた」という体験の方が記憶に残ります。息子は食べながら「また釣りに来たい」と言ったので、釣り仲間として長く続けていけそうです。